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2008年4月12日 (土)

ディベートにおける指導者

NADE東北支部で過日実施されました指導者研修会ですが、何故か並み居るお偉方(○間先生など)を差し置いて私が講釈垂れることになっておりまして、とりあえず当たり障りなく終わらせてきました

いやまぁ、当たり障りなしじゃホントは(・A・)イクナイ!!のは自分でも良く理解している次第なのですが

とりあえずなぜに私の様な者がそういった配役をされたのかという点からちょっと愚痴(愚痴?)を言わせて貰いますと

昨年末に東北支部において山形で研修会を実施したのですが、その場において顧問や一部OBが集まり指導者を対象とした講座を持つことに関して話す短時間の集まりがあったんです(※日本語おかしかったので書き直ししました)

そこにおいて指導者を対象とするとしても初心者に対する講習、すなわち、ディベートの裾野を広げるものと現在の指導者の能力向上を目的とするかでおのずと趣旨は異なるし、方針も決定される、加えて複数の目的をもった場合短期で達成し得る効果には限界がある以上意味消失するゆえに単一目標に絞らない限り目標の達成が困難となる、とかいった発言を私がしたんです

まぁ自分でも正確に何と言ったかは既に記憶の埒外なのですが概ねこういった感じです

あくまで常識の範囲で「高望みすんな」と回答しただけだったのですがどういうわけかその発言を元に私にお鉢がまわってきたわけなんです

で、(第一回)指導者研修会に至るのです

まぁ概論としては言いたいこともあったし、渡りに船なのだろうかと認知的不協和をおこして肩の力を抜いてゆるく準備して状況に望んだ、と

ここからはどういったことを言ったのか、について論述の基調などとともに述べていきましょう

全般としては戦術と指揮をかなりの割合で用いました。

というか差し障り云々と書きましたが当事者もいるわけで、あんまりダメだししてもなぁ、という脆弱な我が心理により妥協した点も多々ありましたので、当該図書からの知識の持ち出しが相対的に大きくなっただけなんですが

で、どんなことを言ったのか中身に移行しましょう

まず顧問が考えて生徒がそれを実行するのは下の下であると無難なことを言ってみた

当然ですよね、全国教室ディベート連盟の実施している競技ディベートは生徒がするものですし、あらかじめあらゆる議論を文字通り網羅した用意がされていない限り顧問の立論やシナリオでディベートやったってそら負けますがな

なぜかというと生徒が考える競技であるのがディベートです、そして物事には常に想定外の事態が発生し得ます。そこにおいて顧問頼りのディベート初心者くらいのレベルの機転の利かない子が試合してみなさい。結果は分かるでしょう

だいたい顧問がそこまでできるということは合理的に考えられないわけです。というわけで基本的にはディベーターが考えて「ナンボ」であって、顧問は支援はしても直接的な介入をするのは慎もうということをまず言いました

次にディベーターにできないこと=顧問の仕事という点について言ったのですが

これは大雑把にはデータベースの作成ということで述べました。データベースというと各年ごとの論題に関しての議論についてのものと捉える向きもあるかと思いますがさにあらず

つまり、顧問はディベーターより長く関わることができるわけです(国公立では異動もあるかとは思いますが)。そこで過去指導したディベーターに関する分析や(どんな成功/失敗をしたのかetc)、形式知として知識を外部化できるもの(カードチェックetc)を学校として承継することが可能なのではないかと

東北支部においても過去某氏を呼んでカードチェック講座、ジャッジの介入などを講義してもらったわけですが、これらに関して実施して満足していると講義を受けた現役のディベーターに関しては有効であっても、次代ではそれを知らないことになります。このギャップをいちいち指導していたのでは成長に時間がかかり試合での勝利も遠のくことになります。

そこでなぜ成功/失敗したのか客観的な分析と結果、他人が伝えることのできる形式知としての情報などを適切に時々の現役ディベーターに対して提供しうる状態の整備が顧問ができる仕事だと考えた次第です。もちろんOB・OGに協力を仰げるのであれば実地に経験則など教えを受けたほうがいいと思いますが、必ずしもそれが可能というわけではないですし、となればそれができるのは立場上顧問くらいのものです

次にアマチュアをある程度のレベルにもっていく思考法なども紹介しましたがこれについては上述の「戦術と指揮」を買うか立ち読みでもしてください。あるいはネットで書いている人もいるかと思います

「ラベル」だけ書いておくと

1.命題 2.前提 3.分析 4.総合 5.結論 になります

当日は言わなかったんですが戦闘における9つの原則について、これもその応用が可能だと考えています。こちらはwikipediaにも載ってますので探してみてください

目的/統一/主導/集中/奇襲/機動/経済/簡明/警戒の原則、の9つです

さて、当日言ったことも言ってないことも含めて以下人によっては反感を持ちかねない私見となります

個人的見解としてはディベートの顧問というのは運動部のそれとは違い監督という権能を持っていない、持たないほうが好ましいと考えています。それは部長が果たします。なぜそう考えるに至ったかというと、私が現役でディベートをしていた頃のいくつかの失敗などに帰結しています。比重の大きい点としては人事です

冗長となりかねませんが以下現役時代の経験を綴っていきます

私がディベーターとして表に出たのは先輩卒業後の高校2年からです。当時の論題は「安楽死」。まだ始めたばかりということもあってか不慣れで立論の骨子など多くの点において顧問の考えに沿っていたのですが、やはり肯定否定問わず立論で何を言いたかったのか要点をあまり理解していないまま試合をしていたわけです。不思議なのは3年の時には勝てなかった創価高校に春の関東の試合でそんな状況でも勝ったことですね。

閑話休題

特に記憶に残っているのは東北予選で八戸と試合した時です。直前にN顧問に資料を渡されて特定部分を引用せよと指示され、実際に引用したわけなんですが、これも結局立論と同じでどうも要領を得ぬままに言っていたわけです。全国にはギリギリ行けたものの予選敗退という惨めな結果に終わった初年度でした。その後にOB・OGの一部が主催したハロウィンカップ?大会?に参加する段においてようやっと理解がいったのですが、気付いた時にはいつも遅いものです

3年の論題は原発の代替発電への移行でした。この時は部員も不安要素がなくなったからか(人的な意味で)意欲のある気心のしれたジャスト4人(NADEディベート甲子園では一試合に出るのは4人まで)という人材面において問題のない年でしたし、失敗をもって躍進の土台となし、ただ主張の研鑽と勝利の追求に特化しようと鋭意取り組んでいた年でした。しかしながらもやはりそこは人間のすることで、どこにでも落ち度はあるものです。まずその年の結果から言うと、全国ベスト16でディベーターとしての経歴に幕

一応説明すると、ディベート甲子園においては全国からの選出校が4校ごとの組みにわかれ、そこで総当りをして、上位2校のみトーナメント戦へと移行する形式です、つまり他の全国大会と比べて(個人的見解として)ベスト16なんて別に威張るほうが馬鹿馬鹿しくなる程度のものでしかないわけです。最悪でも予選で一勝しておけばなれたりするわけですし

その全国において、トーナメントに予選全勝(顧問的には初の快挙)で上がって一試合目においてですよ、自らの否定側に対して勝利を確信できる肯定側を構築していなかったという間抜けもいいとこのミスを露呈して負けたんです。我ながら情けなかった

そこに至る過程として肯定側と否定側をそれぞれ独立して捉えて、否定は否定、肯定は肯定で最強を目指すという基調だったんです。孫子は確かに兵法書として優れていますが、相手が存在することを考慮して考えなければならないという批判もあります。それと同様、相対ということを忘れたわけです。これも上記の前提から結論に至る思考法を知っていれば防げたし、色々当時の努力の程度が知れてしまうわけです

さて、話を少し戻して高校3年の東北予選の話をしましょう、人事に関しての我が主張の根幹となります事案が発生します。東北予選は他の参加校の程度もあってか順調に推移、「その時」は能代高校との決勝において生起します(ちなみに私の高校は東北学院でした)

決勝において、我がほうは否定側、私的人事案としては立論、質疑、一反、二反が確定しており、否定側第一反駁は我が受け持つものであり、それが最上であると認識していた人事でした。まさに人事を尽くして天命を待つが如し

その時顧問の横槍(あるいはちゃちゃ)がはいります。なんと最も経歴の浅い、失礼ながら実力も劣後する(強く言っておきたいが彼とは今もって親友である)質疑を担当させるはずの者と我を入れ替えると言い出した(これにより我が質疑となり彼が一反となる)

もちろん極めて強い反発と不快感、加えて顧問に対する不信感を感じた。もし今の私であれば、顧問との関係など切り捨ててメンバーシートを提出しただろう、それを当時の私は顧問の暴虐を受け入れてしまったわけだ

帝政ドイツにこの様なエピソードがある。ある時作戦に失敗した指揮官を皇太子が召喚した。皇太子が、なぜ失敗したのかと問うと、指揮官は私はあくまで忠実に勅命に従っただけであると言った。対する皇太子の一言

「貴様の階級は何のためにあるのか。階級とは臨機に命令に反すべき時を判断できる者に対して与えてあるのだ。ただ命令に従うのであれば貴様は兵卒で良い」

もちろん当時の我が部員達も不満が大いにあった。そこで部長として我は誤った指示に対して毅然として否と唱える必要があったわけであるが、それができなかったゆえに準優勝という結果で東北予選を通過したのだ。当時の我がクラス担任は地元紙(分かる人は分かると思うが河北新報である)に我が部が準優勝した記事を見つけ、嬉々として教室に掲示したものだが、私に言わせれば顧問があのクソの様な指示さえしなければ、我が誤りは誤りであると行動していれば、優勝していただろう。決勝において我は質疑における時間的制約が許す限り、我が用意した一反のための最強の楔を打ち込んだ、もちろん結果に明らかなる様に、一反での損失をもって敗退が決定した。現段階においては顧問もこれが過ちであることを理解してはいるが…

なぜ人事を部員において決すべきかについては、運動部との差異をもって話したい。運動部の試合というものは勝ち負けという結果以上に物理的に明らかである。サッカーではゴールにボールを蹴りめば点になり、バドミントンはラリーしている羽を落せばそれが失点となる。然るにディベートでは言語化による伝達と判定により外部化がなされるがディベートのその多くにおいて特徴付けられるのはその内部化である

運動部では動きによってその意図が判別できるし、思考が大きな割合を占める将棋だとて駒の動きというものがある。対してディベートではディベーターが試合中に発した言語以外にその意図の判別が不可能となる。面倒になってきたから結論を言うと、ディベーター個々人のプロファイリングでもしてたりしない限り顧問よりディベーター同士のほうが誰がどこに向いているのかなどは分かっているものだ

人事という点では我が母校顧問は他にも過失を犯している

彼は試合には出させられるだけの人間を出すべきであると考えており、例えば部員が8人いれば肯定否定でそれぞれ使って8人出す様な人である。もちろんギリギリのところで、使える人材は肯定否定にいれていたが(先輩が現役時の記憶)

正直この人事は納得いかない。試合には勝つことのできる人間、つまりその競技において部内において、相対的に優れた人間が出るべきで、そのためには他の人間に、自らが試合において勝利を収めうると思わせるだけの力量がなかったと涙をのませなければならない。ゆえに試合に出場可能か否かについては厳格に実力に基づく淘汰がされて然るべきであり、そんなことで泣き言言うとか部内の雰囲気を悪くする人間ならはじめから辞めさせるほうが足枷がなくてずっといい

それにそういう試合に出れない余剰人員がいることは出場している人間に対する援護が可能となることを意味する。他の学校が如何なる立論をもち、如何なる反駁をし、如何なるまとめをし、ジャッジが如何なる判定をするかを記述し、この情報を活用させれば我がほうの欠点の把握、それに対する対策、攻めるべき点が事前に理解できる(もちろんその立論が使われる公算も別途考慮されるが、現実にこうした手はディベート甲子園において通常見られる)

部隊には

前衛部隊、火力部隊、機動打撃部隊、補給部隊の大別して4つがあると「戦術と指揮」にはある。この中で試合に出るものがするのは前衛(の一部)と火力、機動打撃である。対して他の者が担当するのは前衛(の一部)と補給である。

試合に出れないからといってその人的資源はムダではない、試合においても各担当パートが終了しても最後の二反のためにできるだけのことをする様に、活用しうるものを活用し、適切な予備を保有することが経済の原則である

疲れました

一旦ここらで締めます

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